紙芝居劇むすび



元気が出る お葬式

浅田さんの死から1週間が経った。

3月末に脳梗塞で倒れ 5月に退院して介護施設に入居した。
車椅子でむすびに通った時期もあったが 夏ごろから衰弱が激しく
7月に入院。9月17日午前0時15分 西成にある浦上病院で亡くなった。

最期を過ごした病院では「(むすびの)代表」と呼んでもらったり
お見舞いに訪れる若い人たちが絶えず
緩やかに 寂しくなく 人生の幕を閉じたと信じたい。

最後の最後まで「ありがとう」と「会えてうれしい」ということばを
わたしたちに伝えてくれた浅田さんだった。

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9月21日 お通夜

生前から浅田さんをはじめ むすびを見守ってくださっている川浪僧侶が
仙台から駆けつけてくる途中 台風に巻き込まれ
この日の到着が無理ということがわかった。

読経なしの焼香。50人ほどの参列者がそれぞれに別れを惜しむ。
葬儀屋さんが「生活保護者の方の葬式もよく執り行わせてもらうが
こんなに人が来て 立派なのははじめて」と おっしゃる。

浅田さんの亡くなった経過が報告され
むすびを代表してNiさんが
「浅田さん あの世でも元気で…俺にはあんたのようにはできないけど」と
素敵な送ることばを語りかけた。
長老や 西成で生前の浅田さんを知る方たちが思い出を語る。
拍手が起きる。

焼香の後 シンガーソングライターの「ひきたま」さんが
生前ライブで浅田さんも一緒に歌った『極楽浄土』を歌ってくださる。

 さあ 行こう 極楽浄土へ 旅立ちの極楽浄土へ…
 (コーラス: ゲゲ ゲゲ ゲゲ アー)

歌がお経の代わりになって 浅田さんも起き上がって踊りだすのではないかと思うほど。
思わずNiさんとSnさんがお棺に歩み寄る。


9月22日 告別式

この日も50人ほどの参列者が浅田さんのために集う。
動き出した新幹線に乗って駆けつけてくださった川浪僧侶の読経。
たくさんたくさん いただいたお花を皆さんでお棺に詰めていく。
最後浅田さんは花に埋もれて お棺には持ち寄っていただいた本や
コーヒーや 紙芝居の台本 思い出の写真が入れられた。

むすびのおじさんたちも 参列者の皆さんも 涙をこらえることなく
泣く人 見守る人。浅田さんの人柄を偲ぶ。

梅本さんの篠笛で 浅田さんの好きだった「四季のうた」を全員で合唱して
最後の見送りをする。持ち寄り 受け入れる 西成の懐の深さが
寂しい心を温かくしてくれる。
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喪主も親族もなしの葬儀。
むすびを中心に取り仕切らせていただいたが
不作法 数々の無礼をお許しいただきたい。

葬儀屋さんにも 融通をつけていただき 多大な協力をいただいた。
参列できない方からメッセージもたくさんいただいた。
地域のみなさまや 関係者のみなさまにたくさんお集まりいただき
あらためて 見守りの目や 支えの人間関係を目に見たような気がする。

みなさまに 心より厚く御礼申し上げます。

おじさんたちは それぞれに「浅田さんの遺してくれた紙芝居を頑張る!」
「俺もこんな葬式してもらえるような人にならなきゃな」
「浅田さん 幸せや。きっと喜んどる」と語っていた。

生きる人のための葬式。
ひとりの人がこんなにたくさんの人に愛されて生きている事実。
ひとりの人を軸に こんなにたくさんの人たちがつながっている事実。
目の当たりにして 生きる元気がでたのは 私だけではないかもしれない。
by musubi-pro | 2011-09-24 22:58 | むすび日記
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西成・釜ヶ崎で紙芝居をするおじさんたちの表現活動