紙芝居劇むすび



仲間に見送られて

むすびのメンバーだった菊田好克さん(77)が、12月9日金曜日にお亡くなりになりました。
秋頃から急激に痩せて お腹の痛みに加え、認知症も進んでいるという状況で、狭山病院に入院。そして貝塚サナトリウムに転院されていました。
 貝塚サナトリウムは認知症専門の療養所のようですが、死因は大腸ガンだったそうです。
担当のワーカーさんによると 特に出血をしたり、苦しんで亡くなったという感じではなかったとのことです。

 菊田さんの通夜・葬儀会場ですが、当初、菊田さんが亡くなった病院の手配する葬儀会社に委ねられるため、泉南あたりでということでしたが、川浪僧侶にご尽力いただき、13日と14日に阿倍野区昭和町ホールで執り行うことができました。

(お通夜の日)

時間や会場の確認がとれたのが、前日の夜10時近く。みなさまにお知らせするのが遅くなったにも関わらず、お仕事等でお通夜に参列できない方々が、昼頃からエッグスを訪問してくださった。
お通夜には生前菊田さんと親交のあった方々が集い、菊じいの思い出話に花を咲かす。菊じいが眠る棺の横には、むすびファンの方が撮ってくださった菊じいの遺影。
いろいろあった菊じいだけど、みんなから出てくる言葉は
「ナレーターようがんばってくれたなあ。」
と良い思い出しかでてこない。長老SNさんが鼻をぐしゅぐしゅさせている。
浅田さんの時と同様、川浪僧侶が仙台から駆けつけ、お経をよんでくださる。長くむすびに寄り添ってくださっている方だけに、おじさんたち一同、川浪さんの顔を見てホッとする。
菊田さんが眠るお部屋は小さく、読経の間、一同ロビーで待機。順に焼香にいく。
お勤めの後、浅田さんのときにも篠笛をふいてくださった梅本さんが、笛を吹いていいですかとおっしゃってくださった。一同菊田さんの眠るお棺を囲み、笛の音色に耳を傾ける。
曲は「埴生の宿」。音楽好きの菊じいのことだから、目を閉じ、体を揺らせ、音色を楽しんでいるだろう。
「もう一曲」という声があがり、続いて「ふるさと」。誰からともなく歌いだす。
歌詞がわからなくてもいい。声をだすだけで、菊じいをみんなで菊じいを送る気持ちになれたような気がした。

(お葬式の日)

9時30分からということもあり、エッグス集合は8時30分。事務所に行くと、SNじいがちょこんと座り、MMさんがいつものようにコーヒーを沸かしてくれている。
「いつものように」というのが、気持ちを穏やかにしてくれるということを、時々おじさんたちは無意識に教えてくれる。
 早朝にも関わらず、本葬にも菊田さんをしのび、いつもむすびに寄り添い、支えてくださる方々が集まってくださった。

 菊田さんの眠る棺には、参列いただいた方々の手で、むすびの紙芝居公演でもお世話になっている松波さんが届けてくださったお花、何もよりも愛した紙芝居「文ちゃんの冥土めぐり」の台本、菊田さんの遺品がおさめられていく。
遺品には、病院で菊田さんが使用していた衣類と所持品しかなく、誰からともなく
「トレードマークのベレー帽がないね。」
「ベレー帽をもっていかせてやりたい。」という声がでた。

 出棺の際、葬儀場の方から力のある男性(もしくは女性)6人にお手伝いいただきたいということを聞いていた。前日までの心配もふっとび、むすびのおじさんもまじえ、9人の方々が棺をもってくださった。
思ってくださるみんなに見送られ、感激屋の菊田さんも全身で喜んでいるに違いない。
 火葬場へは、むすびを代表し遺影を胸に抱いたHJさんが、川浪僧侶とともに車で向かい菊田さんと最後のお別れをした。
HJさんがポツンと
「わい、菊田さんと一緒に紙芝居、いっぱいしたなあ。」とつぶやく。
 仲間を先に見送っても、これからもおじさんたちは紙芝居をしてくことだろう。

 そして先に逝った仲間たちもきっと。
たばこ好きの菊じいを思い、お二人の男性が棺にたばこを添えてくださっていた。
たばこを冥土の土産に菊田さん、浅田さんや安岡さん、そして婦木さんと「文ちゃんの冥土めぐり」の読み合わせをしているにちがいない。

 通夜、本葬に参列いただいたみなさま。菊田さんへの哀悼の意、むすびのおじさんたちを気遣うメールをお寄せくださったみなさま。お供えやカンパをいただいたみなさま。
みなさまのお気持ちは、亡くなった菊田さんだけでなく、今生きているおじさんたちの支えになります。
本当にありがとうございました。

むすび一同
by musubi-pro | 2011-12-15 11:35 | むすび日記
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西成・釜ヶ崎で紙芝居をするおじさんたちの表現活動