紙芝居劇むすび



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販売場所

堺のパン屋さん「松波」さんにTシャツ置かせてもらいました。※ただし色、サイズ等に限りがあります

最寄駅 阪堺電車「宿院」と「寺地町」の間。美美卯から道をはさんで向い側です。月曜休。
おいしいパンやカレー ムジカのお茶など喫茶も充実むすびのお友達です
by musubi-pro | 2009-06-30 20:58 | オリジナルTシャツ

だるい季節

ここ最近 濃厚な企画が続いていたのと この湿度 気温で
おじさんたちも 少しけだるく 風邪をひいている人もいる。

それぞれ頼まれ物の「訂正シール貼り」を黙々とやっている。
無言で手を動かす。疲れもあり けだるさもあり誰もしゃべらないけど
一緒にいる感じがなんだか安心する。

ときどき誰かがくる。今日は月末 生活保護の人はお金が振り込まれるので
おじさんたちの友達がスイカやビワなど差し入れをもってのぞく。
「いつもコーヒー飲ませてもらっているから」などと言いながら
ちょっと照れて。

風邪ひきのメンバーには 先輩が「これ持って帰って寝ろ」と
好物の食べ物を持たせてくれる。

こういう持ちつ持たれつの関係が 微妙なバランスで成り立っている。

釜ヶ崎のある施設で働いている男性がふらりと立ち寄る。
足が痛いこと 腰が痛いことなどひとしきり話して
「ここでしか愚痴言えないですから」と言ってまた職場に戻る。
おじさんたち 「いつでも寄ってよ」 「体大事にしろよ」などと送り出す。

ささやかだけど 街のサービスステーションのような役割を演じているおじさんたち。
自分たちもお疲れ気味なので 今日も早めに店じまいした。

むすびに来られる方 午後になる場合はお電話くださいね。
by musubi-pro | 2009-06-30 20:44 | むすび日記

塾の先生になった

西成区で大人の総合塾をされている「楽塾」さんでむすびが一日先生を務めた。
空手家 古着屋さん お坊さん など 街のいろいろな人が先生になるおもしろい塾。
どんな人たちがくるのか むすび一同は楽しみにしていた。

西成に住んでいる人 そうでないひと 若い女性もいるし 知っている人もいる。
おじさんたちの語りに「うん うん」とうなずいてくれたり
むすびを取り上げた「生きる」のビデオも一生懸命見てくださっている。

紙芝居「おむすびころり」には 塾生の方2名に入っていただく。
シャイな感じの方は「よいおじいさん」。女形「モンローちゃん」を快く引き受けてくださった方は
ちゃんと腰をくねくねさせて「色っぽく」という要望に期待以上応えてくださった。
おふたりの奮闘に むすびのおじさんたちも普段以上に気合が入った。

最後は先日の「ひきたまの部屋」で披露して病みつきになった
「街のサンドイッチマン」の合唱。歌う予定はなかったのものの
元サンドイッチマンHjさんが 荷づくりのとき「これも持って行く!」と
サンドイッチ看板を詰め込んでいたので やることにしたのだ。

会場の中高年の男性たちは歌をご存じのようで 一緒に歌ってくださった。
おじさんたちと おじさんたち。こういった横つながりの機会が意外とないので
うれしはずかし みたいな新鮮な雰囲気。

おいしい手作り「給食」をみんなでワイワイいただいて濃厚なひとときを味わった。
楽塾さんお世話になりました。

詳細写真付き!楽塾のブログhttp://blogs.yahoo.co.jp/rakujuku_nice/29373120.html#29373120
by musubi-pro | 2009-06-27 22:13 | むすび日記

パン屋さんでコラボ

シンガーソングライターのひきたまさんと パンと喫茶の店「松波」で
コラボ企画をした。有料だったにもかかわらず会場には35人ものお客さんが
来て下さった。(ぎゅうぎゅう詰めで申し訳なかったです)

ひきたまさんは懐メロ 絵本を曲にしたもの オリジナル曲を演奏。
カリンバや おもちゃ楽器など 次々と繰り出される音に
会場から思わず前にでてきて 指揮をする人も☆
「今日はお客さんも濃いですねぇ!」 とひきたまさん。
客席と舞台の境がなくなっていく。

むすびの出し物は「おむすびころり」。今日は直前Ktさんが腹痛を訴えたり
89歳のむすびの追っかけSnさんが同行したり
朝からドタバタで 調子がくるったのかNiさん 何ヶ所か詰まってしまった。

「おい お前が読まんと進まんがな」 「わし もう読んだっちゅうねん」
客前で小競り合いをしながらも 苦笑を誘い 後半はなんとかフィニッシュ!
追っかけSnさんも猫の役で出演。「わし ええ声でやるさかい」と意気込んでいたとおり
すばらしい出来だった。ひきたまさんの音楽が紙芝居に寄り添う。

「いつ練習されるんですか?」との会場からの質問に
「本番前にちょろちょろとしかしないんですよ」と答えたリーダーだったが
いやいや けっこう前から必死で練習しておりました。
いっぱい失敗したので 強がったのだろうか。

むすびは間違えたりして笑いをとるので 不真面目に見えるかもしれないが
お客さんを喜ばせるため舞台に立つその真摯な姿は
プロのアーティストをも唸らせる。
今回ひきたまさんがむすびをゲストに呼んで下さったのも
そうしたおじさんたちの心意気を感じてくださったからに違いない。

軽くトークがあって 合唱。おじさんたちが選曲した「街のサンドイッチマン」
本当にサンドイッチマンをされていたHjさんが前で軽快に踊り
おじさんたちが元気よく歌う。 哀しくて健気に生きるおじさんたちにピッタリの歌。

1 ロイド眼鏡に 燕尾服
  泣いたら燕が 笑うだろ
  涙出た時ゃ 空を見る
  サンドイッチマン サンドイッチマン
  俺らは街の お道化者
  とぼけ笑顔で 今日も行く

2 嘆きは誰でも 知っている
  この世は悲哀の 海だもの
  泣いちゃいけない 男だよ
  サンドイッチマン サンドイッチマン
  俺らは街の お道化者
  今日もプラカード 抱いてゆく

3 あかるい舗道に 肩を振り
  笑ってゆこうよ 影法師
  夢をなくすりゃ それまでよ
  サンドイッチマン サンドイッチマン
  俺らは街の お道化者
  胸にそよ風 抱いてゆく

パン屋「松波」さんのお母さんも「わたしもむすびに入ろうかしら」というほど
意気投合し すっかり仲間になってしまい 今日も人と人をむすんで
公演が終わった。会場を貸して下さった松波さんありがとうございました。
松波さんやひきたまさんとむすんでくださったKmさんもありがとうございました。

ひきたまさんのブログ
by musubi-pro | 2009-06-21 21:05 | むすび日記

婦木さん葬儀

ご心配をおかけしていた婦木さんのその後。
金曜にお通夜と 土曜に葬儀をとりおこなうことができました。
死から1か月近く 婦木さんも 仲間も 落ち着かない日々でした。

地域の関係者の方々と むすびとずっと関わってくださっていた僧侶の川浪さんのおかげで
立派に婦木さんを送り出すことができました。

お通夜 葬儀では 川浪僧侶が口語体のお経や解説を取り入れてくださり
死を受け入れるということをわかりやすくしてくださいました。
婦木さんが亡くなってからというもの ずっと悲しみも実感として感じられずにいたのですが
お経を聞きながら ようやくひとつひとつの思い出がよみがえり
涙がでてしまいました。

火葬場まで婦木さんを見送り(お骨は当面役所の方で預かるそうです)
エッグスに帰ったおじさんたちからは 「なんかようやく肩の荷がおりたかんじやな」
と 安心の声が聞かれました。

「死んだら泣いてくれる人がおるんなら がんばらんとな」 とも。

おじさんたちは今回の婦木さんの死を通して
自分たちをとりまく地域の見守りの目を 意識できたにちがいありません。
これだけたくさんの人が関わり 助けてくださっていることを知る
機会になろうとは。

むすびは おじさんたちを中心に
とてもあたたかな光につつまれて幸せだと思いました。

お忙しい中参列くださったみなさま 葬儀の実現のために尽力くださったみなさま
ほんとうにありがとうございました。


以下に釜ヶ崎のまち再生フォーラムの事務局長・ありむら潜さんがお書きになった
葬儀の感想を掲載させていただきます。
釜ヶ崎の変遷を長年見てこられた方ならではの独自の視点はとても勉強になります。

***************
1)
昨日の婦木廣文さん(74歳)の葬儀のもよう。
紙芝居で最晩年にはロンドンまで行かれた、元研磨工のおっちゃんです。
死因は持病のぜんそく関連のようです。
お通夜も葬儀も仲間や支援者に見送られての旅立ちとなりました(両日で30人程度か)。
お見送り実現のためにご苦労なさった関係者のみなさま、ありがとうございました。
お疲れ様でした。
勝手な言い方ですが、ご本人はたいへん満足されていたにちがいないと思います。
見送った生活保護受給者の方々も満足されていました。
「悲惨な釜ヶ崎」「孤独の釜ヶ崎」いろいろな釜ヶ崎がありますが、そこには「あたたかい釜ヶ崎」がありました。
葬儀社でのわずか10人程度しか座る所のない、小さな小部屋というささやかさがむしろ良かったと思います。

1999年以前の釜ヶ崎であれば、間違いなく「行旅死亡人」とされ無縁仏扱いされていたケースでした。
この10年間の、まちづくりという言葉に包摂される、さまざまな立場の人々の有形無形の模索の到達点、結節点がここにありました。
社会福祉法人等の施設入居者の場合は当たり前としても、それ以外では民間のサポーティブハウスや自助組織(NPO)などにも、無縁仏にさせずお坊さんも呼び、みんなでお見送りできた実績やノウハウが蓄積されています。
病院と葬儀社の永年の「慣行」など古く厚い壁の前で苦労されているのですが、あまり知られていないのが残念です。

課題は、良き事例をどうやれば地域全体に普遍化させられるか、ですよね。
そのためにはまず生きているときの「つながりづくり」が課題、ということになります。
婦木さんはアパートでの独り暮らしでしたが、紙芝居活動参加によってそれに成功した方でした。
しかも、紙芝居に参加したのは全くの偶然だったはずです。
つまり、ここには多くのことが示唆されていると思います。

2)
婦木さんの無縁仏扱いをやめさせたお1人であり、そのお通夜とお葬式で読経してくださった僧侶、川浪さん。
昨日の婦木さんの葬儀でいえば、これまで参列者にはチンプンカンプンだった読経の内容をわかりやすく口語体に直して読み上げるという試みもなされ、「参列者とともにつくる」という姿勢が鮮明で、その点もよかったと思います。

以上、現在の地域課題の一つについての参考情報でした。
by musubi-pro | 2009-06-20 22:38 | むすび日記

婦木さんの葬儀

ようやく婦木さんの葬儀をとりおこなえるはこびとなりました。

お通夜は本日6月19日 19:00~ 西成区玉出の「公益社」にて
お葬式は6月20日(土)午前9:30~ 同じ場所で行われます。

生前に関わりのあった方々、いずれかにご出席いただければありがたいです。
香典 喪服などはお気になさらないでください。

*******
当初 葬儀が決まったという連絡だけを受けていたのですが
関係者の宗教者の方によれば
「本来ならお通夜と葬儀をきちんと行うべき。
役所の都合のいいように 送る儀式が簡略化される」とのことで
抗議をしていただいた結果
お通夜と葬儀 両方が行えることになりました。

知らないということはこわいです。
お通夜が省かれていることを不思議と思わなかったこと
ひとりの人が亡くなって ご苦労様どころか 単なる処理のように
遺体が扱われてしまうことを 見過ごしそうになったこと。

生活保護受給者に象徴されるように単身者がなくなった場合の
弔い方には多くの問題が含まれているようです。
5月25日に亡くなってから 1か月ちかくも遺体をそのままにしておいて
ヘルパーさんや ボランティアの仲間や 地域の人々に見守られて生きてきた
おじさんなのに

それでも50年も会っていない家族でしか遺体確認ができないなんて。
しかも結局ご親族は現れなかったようです。それも無理がないことです。

亡くなった方に対する誠意のないシステムを
どうしたらいいのでしょうか。
by musubi-pro | 2009-06-19 09:08 | お知らせ

大学で

今日はむすびのおじさんたちが関西学院大学のある授業のゲストをつとめた。

おじさんたちが人生を語り 学生さんと交流しながら
最後には紙芝居を上演。

けっこう 夢と希望にあふれた学生さん達の前で
野宿を含める自分の人生を語るのは 勇気のいることで
紙芝居などを通じて自分を認めることができるようになった人が
ようやくマイクをぐっと にぎることになるのである。

それでも人間の人生はたくさんの影もあって
おじさんたちには まだまだ人に語れない 心の奥の部分もあることを
知っておかなければいけない。

そんな深くて暗い部分を感じさせない おじさんたちのマイペーストークが展開した。
NiさんとSiさんの日雇い時代の思い出語り。
屋台のラーメン屋をやっていたとき
「夕食用に割り当てられた2玉のラーメンを 3つに分けてお客さんにだしてお金にした」とか
おじさんたちの生き抜いてきた知恵 みたいなものが語られる。

Hjさんにおいては 立ち上がっただけで 学生たちから「きゃー!かわいい~!」と
どよめきが起きた。「結婚されていたんですか?」などと質問がとぶ。
「してへん」とHjさん。

紙芝居も若い学生さんたちには 新鮮な笑いや驚きをもたらしたのかもしれない。
一生懸命見ていただいたので おじさんたちも声に張りがでていた。

お昼 学生さんたちと外でお弁当を食べることにした。
足の悪いおじさんに 自然と寄り添ってく歩いてくれる学生さんや
熱心に話を聞いてくれる学生さんがたくさんいて おじさんたちうれしそう!
あまり訪れることのない大学で イベントのチラシをもらったりして
キャンパスライフをエンジョイしたむすびであった。
by musubi-pro | 2009-06-17 21:19 | むすび日記

ありがとう ~婦木さんを偲ぶ会

新今宮駅近くの西成プラザにて婦木さんを偲ぶ会が行われた。

会場には30人強の人が集まっている。
今日になって司会を頼まれた上田假奈代さんが会を進めてくださる。

婦木さんの亡くなる前後の状況が報告され
婦木さんの映った映像上映。2人の方が 映像をまとめて届けてくださった。
生前の婦木さんが絵を描く真剣な横顔を なつかしく思って
目が潤む。

むすびのおじさんたちが思い出を語る。
思い出を語ってほしいのに 自分のむすびへの思いを語ってしまったり
婦木さんとの思い出を見つけられなかったり おじさんたちらしく
会場を笑いに変えてしまった。 
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黙とう そして会の第2部へ…

ヨシとキクwith東京の田中さん による「釜のブルース」が発表される。
「女房に逃げられたんや~♪」から始まる むすびのおじさんたちの人生が
散りばめられた曲。セキさん作詞 天満の哲作曲。
なかなかおもしろい!
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林加奈さんによる紙芝居「天国へ続く道」。
ある男があの世でセクシーな妖怪や怪しい仏像などと出会いながら
天国へと続く道を歩んでいく物語。
林さんはむすびの初期から演技指導などを通じ アーティスト同士という視点で
むすびと関わってくださっている。 今回はむすびのおじさんたちもセクシーダンスで参加。
婦木さんもいたら セクシーダンス踊っただろうか。「わしは遠慮するわ」と言ったかもしれない。
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そしてむすびから婦木さんに捧げる紙芝居は「おむすびころり」
婦木さんが好きだった カラスのクロちゃんが登場する。
バタバタしていたせいか お面や小道具を忘れてしまっていた。
それでも 心をこめて みんなで力を合わせて演じきった。

フィナーレはカラスの歌。「カラスなぜ泣くのカラスは山に かわいい七つの子があるからよ♪」
婦木さんが最後に書き残した「カラスになって大空を飛びたい」という思いを
みんなで分かち合った。

シメの浅田代表のあいさつは この日2,3回目になる話が続きそうだったので
「浅田さん、お礼、お礼!」と促して ようやく終了…
おじさんたちも今日は緊張したことだろう。 でも集まって下さった方々の顔を見て
なによりうれしかったに違いない。

差し入れや お手伝いなど 本当にたくさんの人に助けられて
にぎやかに 温かく 婦木さんを偲ぶことができました。
来て下さった方も 本当にありがとうございました。

今年の5月4日の婦木さんの誕生会で みんなで歌う「ハッピーバースデー」に
婦木さんが目頭を熱くされていたのを思いだす。
あらためてご冥福をお祈りいたします。

※なお正式な葬儀が開催できるようになりましたら その際にもよろしくお願いいたします。
現在のところ まだめどがたっておりません。
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by musubi-pro | 2009-06-07 22:57 | むすび日記

紙芝居公演

今日は阿倍野の王子商店街にあるエフエーさろんで公演。

こちらはご近所に住むお年寄りが毎日楽しみに来られたり
買い物途中の方が休憩したりできる 地域のサロン。
今日もおばあちゃん方を中心ににぎやかに集まってくださった。

今日の紙芝居は上出来!
婦木さんが亡くなってから緊急会議をして
みんなの紙芝居の意思を確認したところ
「もっとやりたい」「お客さんとふれあいたい」とおじさんたちからは
前向きな姿勢が出た。
「準備はモタモタしない」「お客さんに語りかける」「助けあうこと」など
確認されたことが 少しだけど今日の公演に息づいていた。

紙芝居はけっこうな盛り上がり。おじさんたちもやりきった達成感でいい顔をしている。
そして自己紹介。いつもなら「平均年齢76歳」というと会場から「オー」という
感嘆が漏れるのだが 今日のサロンのおばあちゃん方の平均年齢は8?才!
90歳 93歳 と 若々しくとてもそんな年齢に見えない方がワンサカいらっしゃる。

これにはおじさんたちもまいってしまって お姉さんたちの勢いに
たじたじだったのだ。  「やはり女性は元気やなぁ…」

今日はお坊さん・川浪剛さんの仏教や冥土についての説明つきで
不思議なコラボ。不思議な雰囲気で今日の公演は幕を閉じた。

こんど「むすび」と「エフエー」さんで合コンしませんか?
と持ちかけたくなるほど ええかんじの会場でした。
by musubi-pro | 2009-06-03 22:14 | むすび日記


西成・釜ヶ崎で紙芝居をするおじさんたちの表現活動